「南海トラフ地震臨時情報」が発表

8/8 16:43発生した日向灘の地震で被害にあわれた皆様にお見舞い申し上げます。宮崎県と高知県、大分県、鹿児島県、愛媛県の沿岸に出されていた津波注意報は午後10時までに解除されました。しかし、今回初めて「南海トラフ地震臨時情報」が発表され、巨大地震への注意を呼びかけています。

 

あらためて、南海トラフ地震への備えの必要性を行政任せでなく市民一人ひとりが自分事として考え、行動していかなくてはなりません。

8月25日に清水男氏の講演会を開催

●●●●●●● お話会 ●●●●●●●●
いつか来る 「南海トラフ地震」に備えて
ー 過去を知り,今を考え,未来に備えませんか ー
お話の内容:過去発生した南海トラフ地震の実情
      津波で生き残るためのペットボトル利用法
      その他
時:2024年8月25日(日) 午後1時半〜
所:笠岡市保健センター2F研修室
入場無料
定員:50名(予約順)
   ※ 空の2ℓペットボトルをご持参ください!
   ↓こちらのフォームよりお申し込みください(必須!)
   https://x.gd/x0mjp
問合せ:明日への架け橋Kasaoka
090-2863-6173 ナカムラ
今年2024年は関東大震災から101年目となります。
今年は、元旦に能登で大地震が起きました。
地球科学の第一人者で地震や火山噴火を研究する鎌田浩毅・京都大学名誉教授によれば、
「南海トラフ巨大地震は2030年代に必ず起きる」と断言されています。
●南海トラフ地震では、日本人の2人に1人が被災する可能性があると言われています。
近い将来、確実に起きる南海トラフ巨大地震の規模は、東日本大震災とは比べものになりません。
影響が及ぶ範囲は、東京から九州までの西日本全体で、
最大級は人が密集し経済・産業活動の中心である「太平洋ベルト地帯」がすっぽり収まるとも言われています。
南海トラフ地震でどのような現象や被害が起きるのかあらかじめ勉強して、
生き延びられるよう備えておくことが極めて重要なのです。
●過去に起こった南海トラフ地震の実情を知ることがとても大事だと考えます。
準備を始めていいらっしゃる方も少なくなと思いますが、
今想定していらっしゃることで、十分安全が確保されるのかどうなのかを、確かめるために
過去の南海トラフで一体何か起こったのかを知ることがとても重要と考えます。
想定外という言葉があります。
東日本で亡くなられた方々の特徴として、想定された危険地域に住まわれている方よりも
それに隣接する地域の方々の方が、亡くなられた方が多いというデーターもあるようです。
それが意味するところは、大きいです。
過去の南海トラフの実情を知り、現在の想定は安全を担保しているのかを考えてみませんか。
ある意味想定外をも想定し、未来に備えるための「お話会」です。
講師の清水男氏は、文部科学省の調査や県内外の古文書を収集し、独自にそれを分析し
大津波に備えるための対策提言の冊子を発行された方です。
ぜひご参加いただき、清水さんのお話しに耳を傾けてください。
こちらのフォームより参加のお申し込みをお願いいたします。
https://x.gd/x0mjp
お問合せ:明日への架け橋Kasaoka
090-2863-6173 ナカムラ 
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岡山県 笠岡市

能登半島地震義援金募集について

能登半島地震第1次募金は送金

義援金の送付先や今後の活動の呼びかけはこのホームページで公開します。

東日本大震災の教訓に学び、地域防災意識を深め、活動を通じて地域の「絆」を創ります。

この活動の始まり、東日本大震災よりも前の2008年度から阪神淡路大震災の教訓を活かして、商店街振興×防災というキーワードで全国ぼうさい朝市ネットワークという組織が藤村望洋氏のコーディネートのもとに取り組みを進めていました。宮城の南三陸町、山形の酒田市、長野県の下諏訪町、鹿児島県の鹿児島市など15地域の商店街がお互いに救援物資として各地の特産品を販売したり、炊き出しの訓練として酒田のいも煮や鹿児島の黒豚とん汁などの販売が「ぼうさい朝市」として2年間、国の補助事業をうけながら実施されていました。2011年3月11日の東日本大震災により甚大な被害を受けた東日本各地。ネットワークの仲間の宮城県南三陸町も大きな被害を受けました。訓練としてのこれまでのぼうさい朝市のネットワークを活かして、南三陸町への最大限の支援活動が震災直後から始まりました。

その取り組みは商店街から地域を超えて広がっています。

2011年3月23日に笠岡市社会福祉協議会・NPO法人かさおか島づくり海社・笠岡商店街・元気笠岡推進協議会などの有志が集まり「かさおか希望プロジェクト」を立ち上げ、宮城県南三陸町支援をいち早く実施、2012年3月11日は市内の復興支援団体をまとめる形で「明日への架橋Kasaoka」を設立し現在に至る。